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循環器編5 〈ネコの肥大型心筋症〉

2022/05/16
 前回はワンちゃんで最もよく遭遇する疾患について書かせていただいたので、今回はネコちゃんで最も遭遇することの多い心疾患について書いてみようと思います。
 今回も長~いので、興味がある方は頑張って読んでみてください。


 【概要】

 猫に最も多くみられる心臓病に肥大型心筋症と呼ばれるものがあります。

 その名の通り、何らかの原因によって心臓の筋肉が内側に肥大していき、心臓が拡張障害を起こすことで血流障害が起きてしまう進行性の病気です。
 分厚い風船(心臓)を膨らませようとすると大変!!といったイメージをしていただくと分かりやすい(?)でしょうか。
 ヒトの罹患率(0.2%)に比べて、猫の罹患率は13%と異常な高さを示します。

 症状は様々で、生涯無症候のまま寿命を全うする症例から、呼吸困難、血栓塞栓、不整脈などを起こして致命的な転機をたどる症例もいます。

 発症年齢は1歳未満~20歳と幅広い年齢で発症が認められます。

 発症の原因ははっきりとは分かっていません。
 純血種ではメインクーン、ラグドール、アメリカンショートヘアー、ブリティッシュショートヘアー、スコティッシュフォールド、ペルシャなどの猫種によく認められますが、雑種の猫でもよく認められます。
 メインクーンやラグドールの肥大型心筋症の罹患猫では遺伝子変異を持つ個体が確認されているため、遺伝的な要因が大きいと考えられます。
 また、個人的には、スコティッシュフォールドでは若齢で発症することが多い印象です。
 
 根本的な治療法は見つかっておらず、状態に応じた対症療法を行います。
 病期によって無治療でよいものから、何種類もの投薬治療が必要なものまで様々です。
 
 

 それではもう少し掘り下げてみていきましょう。


【症状】
 
 この病気は初期にはほぼ症状を示しません
 特に猫という動物は症状を隠す天才と言われており、注意深く観察していても気づかないことも多くあります。

 以下に、進行したときに突然現れる注意しなければならない症状を3つ挙げます。


1.呼吸困難

 肺に水が溜まる肺水腫、もしくは、胸腔内に水の溜まる胸水貯留という状態に陥っており、うっ血性心不全とも言います。

肥大した心筋による心臓の拡張障害
 ⇩
心臓に入り込めない血液が肺にうっ滞
 ⇩
肺静脈圧の上昇 ⇨ 血管外に漿液が漏出 ⇨ 胸水
 ⇩
肺胞内に漿液が漏出
 ⇩
肺水腫

 肺水腫は空気中で溺れているような状態であり非常に苦しく、早急に治療しないと呼吸不全を起こして斃死します。
 また胸水貯留は胸腔内に溜まった水が邪魔をして肺が膨らめない状態であり、やはり非常に苦しいため、胸水の抜去が必要になります。


2.後躯マヒ

 心臓内にできた血栓が流れていき、先の動脈に詰まる血栓塞栓症という状態です。
 血栓塞栓症の7割は後肢に起こると言われていますが、前肢や脳、腎臓などに詰まることもあります。

 血流が途絶えてしまうと組織が壊死を起こし、激しい痛みを伴います。
 後肢の動脈に詰まった場合にはその足を引きずったまま歩いたり、脳の血管に詰まった場合(脳梗塞)には痙攣や神経症状を起こしたりショック死することもあります。


3.虚脱、失神、突然死

 肥大を起こしている箇所によっては心臓内に高速血流が発生し、不整脈が出やすくなることがあります。
 不整脈により脳が虚血状態に陥ると、力が抜けて腰砕け状態になったり、失神して倒れたり、最悪の場合には突然死することがあります。


以上のように、いずれも生命の危険を伴う重篤な症状が突如として現れるため注意が必要です。


【診断】

 肥大型心筋症は症状がない場合は診断が難しく、健康診断などで偶発的に見つかることも多い病気です。

 心臓の雑音が聞こえる場合には診断の手がかりとなりやすいですが、猫は心拍数が速いため心雑音の聴取が難しく、一定の訓練を必要とします。また、心雑音を持つ肥大型心筋症の猫は罹患猫全体の約5割と言われており、心雑音がないからと言って大丈夫とは言えません。

 血圧測定、血液検査、心電図検査、レントゲン検査と進めていきますが、心臓エコー検査が主たる検査となります。
 心臓エコー検査は特別な技術・知識を要するため、苦手とする獣医師も多いのが現状です。

 通常心室壁の厚みは4~5mmとなっており、6mm以上の厚みを持っている場合、心筋肥大と診断します。
 肥大型心筋症以外にも、脱水や高血圧、腎不全、甲状腺機能亢進症、クッシング症候群などから二次的に心筋肥大を起こす場合がありますので、鑑別診断をしっかりする必要があります。
 心筋肥大を起こす他の原因が除外された場合に肥大型心筋症と診断します。
 
 また、左房拡大や左室内高速血流、僧帽弁収縮期前方運動(SAM)、血栓の有無などは予後に関連するため、エコーを用いて様々な計測を実施し、病気の進行具合(ステージ分類)を診断します。

 以下に一部エコー画像を紹介します。



【治療】

 では治療はどうしたらよいのでしょうか。

 残念ながら薬や手術で肥大した心筋を元に戻す方法は、現在の獣医学では見つかっていません。
 進行を抑える薬もなく、状態に応じた対症療法がメインの治療となり、生涯投薬治療が必要になることもあります。

 初期の肥大型心筋症は治療を加えることなく、定期的な検査で状態を確認していくことになります。
 進行して心不全リスクが高まってしまったり、既に下記の症状が現れてしまった場合には投薬治療が必要になります。


1.呼吸困難に対して

 肺水腫は肺に水が溜まっている状態ですが、肺に針を刺して水を抜く、というわけにはいきません。
 肺に穴が開いてしまい、空気が漏れてしまうからです。

 そこで、肺水腫を起こしている場合、急性期には利尿剤という薬を使用します。
 尿を産生させて体に脱水をかけると、肺血管外に漏れ出した水分が血管内に再吸収され、肺に溜まった水が引いていくため、呼吸が楽になっていきます。
 
 胸水貯留を起こしている場合には、肺を避けながら胸腔に針を刺して溜まった水を抜く必要があります。

 肺水腫や胸水貯留の急性期を脱した場合には慢性期治療に入ります。
 基本的には利尿剤の内服を継続することになりますが、補助的に強心剤血管拡張剤を使用することもあります。
 
 但し、利尿剤は腎臓に負担をかけることになる為、腎機能が低下している場合には慎重な使用を必要とします。


2.血栓塞栓症に対して

 2-1.血栓溶解療法

 根本的な治療法であり、発症4.5時間以内の場合に選択することができます。

 静脈から血栓を溶かす薬剤(ウロキナーゼ、TPA製剤など)を投与し血栓を溶解させますが、血流が再開した時に様々なサイトカインが放出されることでショック状態(再灌流症候群)に陥り死亡する場合もあるため、そのリスクをご承知いただいた場合のみ実施することがあります。

 また、血栓溶解治療が上手くいっても治療しない場合と比較して生存期間を延長させないとする報告も存在し、血栓溶解療法は実施しない病院もあります。

 かくいう私も最近は実施しないことが多いです。


 2-2.抗血栓療法

 血を固まりにくくする薬(抗血栓薬)を投与し、これ以上血栓を形成させないようにし、自然溶解するまで待つ治療法です。その間に新しい血管(側副血行路)が形成され、血流が再開することがあります。

 また、左心房拡大が進行し、血栓リスクが高まった場合にも使用します。

 ダルテパリン、リバーロキサバン、クロピドグレル、アスピリンなど何種類か薬がありますが、状態によりどの薬を用いるかを選択します。

 副作用として出血が止まりにくくなったり、薬によっては苦みが強いため投薬が困難などの点が問題になることがあります。


 2-3.疼痛管理

 血栓が詰まると急性期には非常に強い痛みを伴うため、痛み止めを使用してなるべく心身の負担やストレスを軽減します。


3.不整脈に対して

 閉塞性肥大型心筋症と言って、左室流出路の中隔心筋(左心室の出口付近の心筋)が肥厚するタイプの心筋症では、左心室内に高速血流(>4.5m/s)が発生することがあります。この場合不整脈が起きやすくなり、突然死を起こすリスクが上昇するため、βブロッカー(抗不整脈薬)という薬を用いることがあります。

 βブロッカーは心臓を落ち着かせる作用を持ち、心拍数を下げたり、心臓の過剰な収縮を和らげることで血圧を低下させたり、血流速度を下げる効果が期待できます。また、抗不整脈作用を持つため、不整脈の発生自体を防ぐ効果も期待できます。

 副作用として低血圧からふらつきや食欲不振を起こしたり、腎血流量低下から腎機能不全を起こすことがあります。


 肺水腫の実際のレントゲン写真がこちらです。

肺水腫 治療前
肺に溜まった水により肺野が白くなっています。
このような状態ではかなり呼吸が速く、苦しそうになります。


肺水腫 治療後
水が抜け、肺が黒く正常になり心臓の輪郭もはっきりしています。
呼吸は安定し、ゆっくりとした呼吸に戻りました。


【まとめ】

 以上、肥大型心筋症のお話でした。
 今回も長かったですね。ここまでお読みいただいた方々、ありがとうございました。

 肥大型心筋症は診断も治療も難しい病気ですが、若い頃から定期的に心臓を含めた健康診断をしてあげることで早期発見、早期治療につながるため、年に1回は健康診断することをお勧めします。

 運悪く病気が見つかってしまったときは、どのように病気と付き合っていけばよいかしっかりとご説明させていただきますので、この機会に一度我が子の心臓のチェックをしてみてはいかがでしょうか。

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