循環器編4<イヌの僧帽弁閉鎖不全症>

2021/11/15
 しばらく更新が滞ってしまいました。申し訳ありません。

 今回は日常の診療で最もよく遭遇するワンちゃんの心臓病である、僧帽弁閉鎖不全症についてお話させていただきます。
 ちょっと長いです。興味がある方は頑張って読んでみてください。



 この病気は慢性心臓弁膜症の一つであり、後天性・進行性の病気です。

 高齢の子で心雑音が聴取された場合には、まずこの病気を疑います。
 また、日本ではチワワ、マルチーズ、トイプードルなどの小型犬種や、この病気の遺伝的素因を持つキャバリアに発症が多く認められます。


 心臓の中には血液の流れを一定方向に保つための4つの逆流防止弁が存在します。
 左心房と左心室を隔てる僧帽弁、左心室と大動脈を隔てる大動脈弁、右心房と右心室を隔てる三尖弁、右心室と肺動脈を隔てる肺動脈弁です。
 
 加齢や何らかの原因によってこれらの弁装置に痛みが出てしまうと、弁がうまく閉じなくなり、隙間から逆流が生じ、心雑音として聴取されるようになります。

 僧帽弁から血液が逆流している状態を僧帽弁閉鎖不全症と呼びます。

 


【症状・病態】

 僧帽弁閉鎖不全症の怖いところは、初期には症状が出にくいために病気が気付かれずに経過してしまい、症状が現れる頃にはかなり進行してしまっていることが多いことです。
 そのためワンちゃんは普段通り元気に過ごしており、病院で心雑音が聞こえて初めて病気が分かるということが多くあります。

 進行していくと徐々に全身の血流が悪くなり、疲れやすさ(運動不耐性)を感じるようになったり、心拡大による気管支の圧迫からが出るようになることがあります。

 さらに進行すると、肺血管がうっ滞して肺胞内に水分が溜まる肺水腫(うっ血性心不全)を起こし、呼吸困難になって亡くなってしまうこともあります。

 また、弁装置の一つである『腱索』と呼ばれる弁を支える線維が断裂してしまうと、急激に逆流量が増えて、心拡大を起こす間もなく急性の肺水腫・突然死を起こすことがあります。



【診断】

 僧帽弁閉鎖不全症を疑った場合には、血液検査、心臓バイオマーカー測定、血圧測定、心電図検査、レントゲン検査、心臓エコー検査などを用いて確定診断を出します。
 病気の重症度(ステージ)を診断するために特に重要な検査が心臓エコー検査になります。
具体的にどのような画像を見ているのか、一部ご紹介します。



・重度の僧帽弁閉鎖不全症のエコー画像
緑色の部分が逆流した血液を示しています


・重度に拡張した左心房


・重度に拡張した左心室



【治療】

 重症度が特定できたら次は治療です。

 治療には内科的・外科的なものがあります。


・内科治療

 米国獣医内科学会(ACVIM)から僧帽弁閉鎖不全症のステージに応じた治療ガイドラインが出されており、基本的にそれに沿って治療を進めていきますが、状態によってはガイドライン+αの治療を行うこともあります。

 ここで大事なことを一つ。
 一度傷んでしまった弁は、残念ながら薬では治せません。

 内科的治療は薬で心臓の負担を軽くし、病気の進行を遅らせて病気とうまく付き合っていくことを目標とします。そのため、薬を始めたら生涯飲み続ける必要があります。

 ステージが軽い子は、投薬治療は行わずに、定期的な経過観察を行います。

 ある程度進行してしまっている子は、強心剤や利尿剤、血管拡張剤など、病気の重症度によって使う薬を選択していきます。
 薬を飲むことで血液循環が良くなり、疲れやすさが軽減する、咳が出にくくなる、肺に溜まった水が再吸収されるなど症状の緩和が見込めます。

 最近の知見(EPIC STUDY)では、ピモベンダンと呼ばれる強心剤が心不全に陥るまでの期間を平均15ヵ月(ヒトに換算すると約5年)延長するとのデータが出ています。

 しかしながら、薬を飲んでいても徐々に進行してしまうことがあります。
 重症度によっては必要な薬が3種類、4種類、5種類…と増えていってしまうこともあるため、投薬の困難さや、ランニングコストなどの面が問題になることがあります。


・外科治療

 近年の獣医学の進歩によって、以前では難しかったイヌの心臓手術が可能になりました。
外科的治療は、傷んだ弁装置を再建する心臓手術であり、病気の根治が期待できます。

 どのステージにおいても手術は可能ですが、飼主様とお話しする上では、肺水腫を起こしたなど、やはりある程度進行してしまった子のご家族が手術を選択されることが多い印象です。

 ただ、あまりに病気が進行して全身状態が悪くなってしまっていると、手術ができないということもあるため、手術を選択するタイミングが重要となります。

 手術は全身麻酔下で心臓の大血管を人工心肺装置という機械に接続し、一時的に機械で全身の血液循環を保っている間に行われます。
 心拡大により大きく広がってしまった僧帽弁の付着部を縫い縮める”僧帽弁弁輪縫縮術”や、切れてしまった腱索を人工の糸で作り直す”腱索再建術”などの方法を組み合わせて行います。

 手術が成功すれば薬の数が減ったり、薬を飲む必要がなくなることさえあります。

 しかしながら、大がかりな設備や多くの人手が必要なため、手術を行える病院は限られており、費用的にも高額な医療です。
 手術の成功率は年々上がってきていますが、やはり大手術なためリスクを伴います。
 心臓手術は体への侵襲度が高く、術後は絶対安静を必要とし、1週間以上の入院が必要になります。
 また、手術自体は上手くいっても、術後に不整脈や血栓症などの合併症を起こし命を落としてしまう子もまれにいます・・・。

 そういったリスクはありますが、病気の根治が狙えるというのは最大のメリットです。

 手術前は非常に苦しんでいた子が術後元気に走り回っている姿や、一緒に手術を乗り切って笑顔になったオーナー様を見ると、やはり勇気を出して手術を選択してもらって良かったと思えます。

 心臓手術に興味のある方は、当院から信頼できる二次病院へご紹介させていただきます。
 手術するかどうかは決めてないけれど、話だけでも聞いてみたいというようなご希望も、気軽にお伝えください。



 以上が僧帽弁閉鎖不全症のお話です。
 大変長かったですね。
 ここまで読んでいただいた方、お疲れさまでした&ありがとうございました。
 本当はまだまだ話は尽きないのですが…。
 この辺でやめておきましょう。

 この病気の治療は、どれが正解、ということはありません。
 治療の方法は、ご家族がどのように病気と向き合っていくかによって、一家族ごとに正解が変わってきます。
 当院ではその子にあった最善の治療法をご提案させていただき、病気や治療方法についてご理解・ご納得いただいたうえで治療を開始させていただきます。


 まずは心臓の音を聞かせてください。

 残念ながら心雑音が聞こえてしまった場合には、しっかりと雑音の原因を調べて病気を診断し、どのように病気と付き合っていったらよいかをご相談させていただきますので、一緒に頑張りましょう。
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